我が人生は物語と共に

映画や演劇の感想など。エンタメと文学をこよなく愛します。

『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』感想。

ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』Miss Peregrine's Home for Peculiar Children


2016年/アメリカ


スタッフ

監督: ティム・バートン
製作: ピーター・チャーニン、ジェンノ・トッピング
製作総指揮: デレク・フライ、カッテルリ・フラウエンフェルダー、ナイジェル・ゴステロウ、イバナ・ロンバルディ
原作: ランサム・リグズ
脚本: ジェーン・ゴールドマン


キャスト

エバ・グリーン、エイサ・バターフィールドサミュエル・L・ジャクソン、ルパート・エベレット、アリソン・ジャネイ、クリス・オダウド、テレンス・スタンプ、エラ・パーネル、フィンレイ・マクミラン、ローレン・マクロスティ、ヘイデン・キーラー=ストーン、ジョージア・ペンバートン、マイロ・パーカー、ラフィエラ・チャップマン、ピクシー・デイビス、ジョゼフ・オッドウェル、トーマス・オッドウェル、キャメロン・キング、ルイス・デイビソン、ジュディ・デンチ、キム・ディケンズ



内容紹介(映画.com)

チャーリーとチョコレート工場」「アリス・イン・ワンダーランド」のティム・バートン監督が、ランサム・リグズによる全米ベストセラー小説「ハヤブサが守る家」を映画化し、人とは異なる奇妙な能力を持った子どもたちが織りなす物語を描いたミステリアスファンタジー。周囲になじめない孤独な少年ジェイクは、唯一の理解者だった祖父の遺言に従い、森の奥にある古めかしい屋敷を見つける。そこには、美しくも厳格な女性ミス・ペレグリンの保護のもと、空中浮遊能力を持つ少女や透明人間の男の子、常に無口な双子といった、奇妙な子どもたちが暮らしていた。主人公ジェイク役は「ヒューゴの不思議な発明」で知られるエイサ・バターフィールド、ミス・ペレグリン役は「007 カジノ・ロワイヤル」「ダーク・シャドウ」のエバ・グリーンが務めている。

感想


今回はネタバレはしていない、つもりですが……。
気にする人はもしかしたら観てから読んだ方がいいかもしれないです、念のため。










だいぶ前からかなり楽しみにしていたのに、いざ日本公開が近づくと、楽しみな反面なぜかあまり期待していなかった。
ところが公開されると、Twitterでちらほら目に入る好評価。
期待してしまいそうになるけれど、でもどうなのかな……とワクワクドキドキ。



いや、面白かったです。
我らがフォロワーさん達の評価、いつも頼りになる。



ティム・バートンにしてはアクは強くない。
でもバートンらしい色彩や画作りは確かにあって。
とても良いダークファンタジー。





何故か、観ながらずっと泣きそうで。泣いて。
どうしてだろうと、考えていた。


この作品は「普通」ではない者に居場所があり、また居場所を見つける。

「ミス・ペレグリン」と「奇妙なこどもたち」は、普通じゃない。いわゆる特殊能力がある。
他の人たちとは違う、世間的にははみ出し者の彼ら。

主役のジェイクもそうだ。

でも、私が強く感じたのは、そういう面でいう「普通」だけじゃない。

ジェイクは、地味で目立たない、スクールカーストで言うとかなり下の冴えない少年。
世間に溶け込めない。
親は「友達と遊ぶのは良いことだ」と言う。確かにそうだ。人付き合いは大事。でも……。
世の中の人たちにとって普通とは、「友達が多く、よく遊んで、人付き合いが上手い、明るい」人間。
でもそうじゃない人間もたくさんいる。人付き合いが苦手な人間。友達が少ない、いない人間。考え方、価値観、大事にする物が人とは異なる人間。そういう人はたくさんいる。なのに、世間の普通は先ほど言ったような人間で、ジェイクみたいな人間は多くいるにも関わらず、「普通」とは違う、とみなされる。

こうして改めて思うと、不思議。
たくさんいるのに。

世の中は、「明るく人付き合いが上手い人間」を正とし、そうでなければ「あいつは変だ」「普通じゃない」と、下に見る傾向がある。


ジェイクは、そういう人間。
祖父に話聞かされた「奇妙なこどもたち」の影響もあるし、元々の性格もあるだろう。
友達が多くいるわけでもなく、妙な話をする、なんか変わった「変なやつ」。


親には大事にされているし、祖父との関係は濃いけれども、それ以外に居場所がない。
彼も世間から孤立しているように見えた。


そんな彼がミス・ペレグリンの孤児院へと行く。ジェイクが最初はそうと気づいていなくても、こここそ彼の居場所だと、観客にはすぐに分かる。
一見どこにでもいる普通の少年、でもその反面、普通じゃないとも言える少年。
あまりに彼は、あの奇妙なこどもたちのいる孤児院に溶け込み、馴染んでいた。元々ここにいたみたいに。



自意識過剰な、自分自身の話になるけれど。
私も友達はいるけれど、決して明るい方ではない。
輝くような世界を持っている人を見ると、私の見る世界はこの人たちとは全く違っているように思う。考え方も。価値観も。
私はすごく普通の人間であって、でも普通じゃないんだと感じることがある。本当は、それぞれ違って当たり前なのに。
たまに、思う。世の中から孤立しているのではないかと。
でもそんな世の中でも、そこそこ上手くやっている。孤立しているなんてそんな考えは、私の心の中でだけ。

きっと私みたいに思っている人は、実は大勢いるんじゃないかと思う。
普通であって、普通でないと感じる人。





ジェイクはこんな世界の中で、自分の居場所を見つけることができた。




そして監督のティム・バートンは、まさに独自の世界を持っていて、普通ではない。
彼だけの世界。むしろ「奇妙」だ。本当に。




そんな自分の勝手な、どこか孤独な思い。

そして監督から感じる「普通ではない」者への深い愛情。
バートンは「奇妙なこどもたち」を愛している。観ていてそれがよく分かる。



これらが私を泣かせてきたのだろうと、そう思った。









美しい画も多く、バートンらしい鮮やかな色彩。
そして描き出される奇妙なこどもたち。ゾッとする場面もありながら。
しかし美しい世界。
その中に紛れ込む恐怖。


展開のテンポも良く、闘いの場面でのドキドキハラハラ感も上手い。
大人にも子どもにも、オススメできると思った。




最初に人形を戦わせるシーン。
あの人形の姿、シュヴァンクマイエル監督の作品を思い出した。

それからホローの姿は、『パンズ・ラビリンス』の不気味なやつ。
あいつも、今作のホローも、私の「怖いツボ」を突いていて、正直けっこう怖がっていた。



シュヴァンクマイエルも、『パンズ・ラビリンス』も共通する印象がある。

「美しい悪夢」というもの。


この『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』も、美しい悪夢のよう。
でも今作は、楽しさもある。そしてハッピーでもある。



人が皆、自分にとって本当の居場所を見つけられるわけではない。


しかしジェイクは見つけた。



奇妙なこどもたちは、あの閉ざされた世界を自分たちの居場所として、永遠に、幸せな世界で暮らしていくのだろう。








日本版ミュージカル『ビリー・エリオット』制作発表記者会見

昨日、ミュージカル『ビリー・エリオット』の制作発表にて、待ちに待ったパフォーマンス披露がありました!!



こちらにパフォーマンス動画あり。



パフォーマンス披露は、こちらのミュージカルの要となる"Electricity"。
ビリーが試験の終わりに、試験官に「踊っている時はどんな気分?」と聞かれて答える歌。
ここは原作である映画『リトル・ダンサー』で、私が愛してやまないシーン。



ダンスはやっぱり期待持てますね。
ロンドン版上映のエリオット・ハンナくんを見た時ほどの鳥肌感はないものの。凄いなと……日本にも凄い子たちいるんだ。そりゃいるよね。
ダンスは最重要要素とされてオーディションも経ているので、それだけのものがあります。
だから全編、他のダンスはどうなのか、またこれから更に成長していくだろうし、ワクワクします。

ダンスシーンで何よりも楽しみなのは"Angry Dance"のシーンですね。
ロンドン版観た時もここが一番鳥肌立ちました……すげえ!と。
"Electricity"は映画での台詞が好きすぎて、私の中ではダンスより台詞(歌)重視になっているかも。ダンスでは"Angry Dance"が一番好きですね。



歌も思ってたより上手。
最初の二人はなかなか、後からの二人は幼い印象だな、と思ったら、そもそも年齢が幼かったです(笑)

歌レベルよりも心配していた日本語歌詞、まあ違和感はあるものの、それは初めて日本語歌詞を聞くときにはいつも付きまとうものなので、そのうち慣れるでしょう。

"Electricity"で「電気のように」って歌詞じゃなくなってたら嫌だな……とものすごく心配していたのですが、そこはちゃんとしてた。良かった。
何回でも言うけど、ここの映画の場面が、とても好きで!印象深いのです。もうここは「電気のように」じゃないと。

「さあ…いい気分です。最初は体が堅いけど、踊りだすと何もかも忘れて、すべてが消えます。何もかも。自分が変わって、体の中に炎が…宙を飛んでる気分になります。鳥のように…電気のように…そう、電気のように」


何故か、幼い二人にバトンタッチした2番を聞いてる時に、不覚にも涙が溢れましたよ……。


このシーン本当に大好き。













さあ、ミュージカルファン界隈の皆さん、予習にはロンドン版ミュージカル『ビリー・エリオット』はもちろんご覧になっている方がほとんどかと思いますが、映画『リトル・ダンサー』も是非是非観てください……!


パフォーマンスでは、ミュージカルの方が当然ながらハイレベルでかつ派手です。まず子役のダンスレベルから違います。
映画はダンスシーンもそこまで多くなく、派手さがない一方で、細かい人間模様や心の動きが丁寧に描かれていて、本当に良作なのです。名作映画のひとつ。
キャストの演技も最高で、すごく感動させる。
ダンスは映画では、"Angry Dance"が見せ場かな。感情を爆発させ、ダンスに全ての心を乗せている。見所です。
是非!




と、今書きながら思ったのですが、子役のダンスレベルの違いって物語の印象として差が出る気が……。
いや、映画の監督が舞台の演出もしているだけあって、作品自体を貫くテーマや、流れ自体はそんなに変わらないのですが。
特に何が印象違うかっていうと、試験の合否について。

ミュージカルはハイレベルなダンス、誰が見ても飛び抜けていて、そりゃ試験も合格するだろうし、プロになるであろう実力。
映画はそうではない。踊れているしそれなりに上手いけれども、飛び抜けた技術ではない。もっと凄い子は世の中にたくさんいて、その中では平凡になってしまう、試験にも合格するかしないか、という感じ。

だから、ミュージカルでのビリーは合格して当然だけど、映画でのビリーはギリギリライン。落ちるか受かるかの境目で、合格を決定付けたのは、この"Electricity"という答えだったのではないかなぁと、そう思います。




ちなみに『リトル・ダンサー』は私が近年誰よりも愛する映画俳優、ジェイミー・ベルのデビュー作であり代表作ですので。
監督のスティーブン・ダルドリーも大好きです。本当に良い映画、私の好みドンピシャの映画を撮る方です。


と、『リトル・ダンサー』の宣伝をして終わっておきます。










『マグニフィセント・セブン』感想 ②

2回目の鑑賞です。
絶対もう一度観ようと思ってた。


マグニフィセント・セブン』The Magnificent Seven

2016年/アメリカ

スタッフ

監督: アントワン・フークア
製作: ロジャー・バーンバウム、トッド・ブラック
製作総指揮:ウォルター・ミリッシュ、アントワン・フークア、ブルース・バーマン、ベン・ワイスブレン
脚本: ニック・ピゾラット、リチャード・ウェンク
撮影: マウロ・フィオーレ
美術: デレク・R・ヒル
衣装: シャレン・デイビス
編集: ジョン・ルフーア
音楽: ジェームズ・ホーナー、サイモン・フラングレン


キャスト

デンゼル・ワシントン
クリス・プラット
イーサン・ホーク
ビンセント・ドノフリオ
イ・ビョンホン
マヌエル・ガルシア=ルルフォ
マーティン・センズメアー
ピーター・サースガード
ヘイリー・ベネット


解説(映画.com)

黒澤明監督の傑作時代劇「七人の侍」(1954)と、同作を西部開拓時代のメキシコに置き換えてハリウッドリメイクしたウエスタン「荒野の七人」(60)という2つの名作を原案に描いた西部劇。「トレーニング デイ」「イコライザー」の監督アントワン・フークアと主演デンゼル・ワシントンが今作でもタッグを組み、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」「ジュラシック・ワールド」のクリス・プラット、「6才のボクが、大人になるまで。」のイーサン・ホーク、ハリウッドで活躍する人気韓国俳優イ・ビョンホンらが共演した。暴虐の限りを尽くす男、バーソロミュー・ボーグに支配されたローズ・クリークの町の人々は、賞金稼ぎのサムを中心に、ギャンブラー、流れ者、ガンの達人など7人のアウトローを雇う。最初は金のため町を守ることになったサムらだったが、いつしかその目的が金だけではなくなっていることに気付く。






感想

ネタバレです。



相変わらずファラデー贔屓です。

まとまりなく書いてます。








今回、初鑑賞の時よりさらに号泣するだろうと思っていました。
けれど、少しぽろっとしたくらい。
胸は物凄く痛かったけど、頭はどこか冷静で、達観して観てました。



初鑑賞から今回の再鑑賞までの間に、久しぶりに『荒野の七人』を鑑賞。
その時、急に悟ったんです。今更ですが。いや、これまでも分かってはいたんですが、やっと納得がいったというか、腑に落ちたというか。頭で考えるのではなく、「理解した」。ストンと心に入った。

彼らは死ぬことが分かってて、ここに集ってるのだと。
死にたくないなら最初から来ない。当然死ぬ覚悟で来ている。もしくは途中で逃げ出す。
それに、彼らが死ぬ覚悟でいるのは、きっと今回が初めてじゃない。
過去も未来もないような、「今」だけの生き方をしてきているであろう彼ら。



だから、今回の『マグニフィセント・セブン』も、最初からそんな思いを抱きながら観ていました。
彼らは死ぬことが分かっていて、ここに来ているのだと。
チザムも言う。「人は死に場所を選ぶ権利がある」と。
彼らが、自分で選んだ。ここを死に場所にすると。だから仕方ない。
逆に考えれば、自分の望む死に場所で死ねる人は少ないのだから……。





初鑑賞の際、ファラデーの死にもう涙が止まらなくて。
でも今回は、ファラデーの死に至る一連の場面では涙は出ない。
とにかく胸が痛いだけ。
ずっと、ファラデーに限らないのですけど、「彼は自分で選んだ」という思いが、観ている間頭から離れませんでした。
だから哀しいけれども、冷静でいた。
前回涙と動揺ではっきり見えていなかったファラデーの死も、しっかりと見届けられた。
あの最期の笑みも。
「ツキが回ってきたぜ」
初登場から「ツキがない」と言っていた彼。ツキが回ってきた時は、自分が死ぬ時。ただ、皆の勝利へ大きく近づく「ツキ」。








また、前回ほどにはチザムの「復讐という理由」については気にならなかったです。
ない方がいいけど。今まで(七人の侍、荒野の七人)みたいに、私的な恨みなしの奉仕じゃいかんのか!と。
でも今回は、それも「仕方ない」という気持ちがあって。
全て達観していた気がします。

あと今回観ていたら、その点に関して伏線が多かったんですね。
グッドナイトがちょくちょく触れていますし。



とは言えやっぱり!ラストのナレーション。
「彼らのものではない「何か」のために」「命を捧げた」
これは亡くなったグッドナイト、ビリー、ファラデー、ホーンのお墓を映し出しながら流れる言葉ですが、この言葉を聞くと、チザムも「彼のものではない何かのために」闘っていて欲しかったなぁと……思ってしまうのです。
チザム以外は、生き残った残り2人も「彼らのものではない何かのために」闘ったのですから。チザムだけが、私怨があった。



ボーグを殺したのはエマで。
これは過去二作と同じ、「勝ったのは農民」という点、それがより強調されてるように感じました。
ラストに笑顔が戻っていたのも農民たちだけですし。







『荒野の七人』の再鑑賞により、さらに比べて観てしまいました。
と言っても、良い悪いという比べ方ではなくて。
こっちではこれはこうだったなぁとか、ここ一緒だなぁとか。




ファラデーの"So far, so good"。「まだイケる」。屋根から落ちた男の話。

『荒野の七人』でマックィーンことヴィンも、この話をしています。それは、そこを離れることを勧めても頑として動かない長老に対して。そして長老に向けて、"So far, so good"という。
ここのマックィーンがまたカッコいいんですね……!


一方ファラデーは、まず仲間にこの話をします。
そしてその後、自身が一発目撃たれた後に「大丈夫か!?」と問われて応える。"So far, so good"。
さらに、特攻して行く前にもう一度。"So far, so good"。
ファラデーの方は、彼自身がまさに「屋根から落ちていく男」に重なります。
死に向けて転がり落ちていって、もう止めることはできない……本人もそれをハッキリ悟っている。
この映画では"So far, so good"という一言が、『荒野の七人』に比べ、かなりキーとなる台詞となっています。
何より、ファラデーを一言で表したらこう、という感じ。
"So far, so good"
この台詞がよく似合う男です。





ところでマックィーン演じるヴィンも、ギャンブルしてる場面があったんですね。負けてたけど。
昔観た時はマックィーンはカッコいいとばかり思っていましたが、今観るとカッコいいと同じくらい可愛かったです……。






一発目にファラデーが撃たれた後、怒りで敵を撃ちまくるバスケスにジーンとしました。
この辺すごく仲間意識を感じさせる。

グッドナイトとビリーは登場から絆がありますけど、このファラデーとバスケスとか、あとホーンとハーベストとか。
絆が芽生えてることを感じさせる場面がチラホラあって、感動しますね。
7人全体も、です。


しかしビリーがグッドナイトを呼びながら死ぬの泣ける……。目線の先には、映し出されるスキットル。
一緒に死んだけど、最終的には塔の上と下で別々っていうのがグサっときます。






ところで先日、一人クリプラ祭りで『ジュラシック・ワールド』をまた久しぶりに流し見。
その時ヴィンセント・ドノフリオを見ていたせいか、今回は「この人演技上手すぎやろ……」とひたすら思っていました。
ジャック・ホーン。全然違う。凄い。


後はボーグのピーター・サーズガードですね。
初鑑賞でも思ったけど、この人もすごく上手いな、と。




そしてイーサン・ホークも。
グッドナイトは、今回はエマとの初対面シーンでかなりジーンとしてしまいました。
「俺が怖いか?大丈夫だ」
ここのグッドナイトの表情がとてもとても優しい。








今更ですが、今作には菊千代やチコにあたる、「実は農民」ポジションのキャラクターがいないんですね。




それからこれは初鑑賞の時も思ったんですけど、グッドナイトとビリーの登場シーンについて。
ビリーの決闘ですが、これにあたる場面は過去二作でもあって。
三作とも同じ登場シーンがあるのって、この決闘シーンだけじゃないですかね。
よっぽどインパクトが強い、外せない場面なんだなぁ。カッコ良すぎますもんね。





旅の途中で夜に焚き火を囲んでいる時、ファラデーがテディ・Qに「カードを取れ」という場面。
ここは『荒野の七人』でクリスがチコに「手を叩け」というシーンかなぁ、と思って観ていました。







また『荒野の七人』では、皆子どももなく妻もない。家族がないんですね。
今作でもほとんど皆そうですが、チザムとホーンには昔は家族がいた。
もともとない者と、失くしてしまった者。
どちらも孤独には違いない。








やっぱりエンディングで『荒野の七人』テーマが流れるのはかなりアガリます。
そして映し出される皆の姿。ああカッコいい。










2回目の鑑賞も、前回に劣らず最高に面白かったです。
2回目だとより細かいところにも気がつくし、冷静になっていた分よりじっくりと観れたし。




やっぱりファラデーが最高に好きです。クリプラの最高峰です。
陽気さと、影と、冷酷さが素晴らしい。

まだチザムと一緒に行く前、取られた銃を取り返すシーンがやっぱり凄い。あそこのクリプラの目つきには凍ります。

あ、黄金を掘っていた男たちを解放したシーン、ファラデーが自分の持っていた酒を一人の男に与えていて、これまたジーンとしてしまいました。あのファラデーが酒を……!

ファラデーに付きまとう影。垣間見える孤独。「父がいた」と話すエマに「俺にはいない」。「人を殺すと悪夢がつきまとう」とファラデーが話すと、エマは「あなたも悪夢を見るの?」と問う。無言の彼が抱える思いは……。
でも陽気さを失わない男。

喋っていてももちろん魅力的ですが、数々の無言のシーンの表情に、非常に魅入られてしまいました。



ファラデーに限らず、皆が影や孤独を抱えています。

そういう面を色々考えてしまうことで、観客一人一人にとって、よりそれぞれのキャラクターに独自の深みが生まれる。
想像の余地があります。







映画っていいですよね。
流れ者たちが小さな村を救う。その勇姿を見ることができる。
現実なら彼らは名も残らず、その村の人たち以外には知られず、ただ消えてしまうのであろうに。アウトローなヒーローたち。
ファラデーたちは死んでしまったけど、何度でも映画は観られる、勇敢な姿を見られる。

それに、あの死は、彼らが選んだものなのだから。